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メンヘラと付き合うということ

(以下、メンヘラとはなんらかの精神疾患を患っている人とする。鬱やボーダーに限らず。)

なんか上の記事を読んで思うところがあったのでコメントを残す。

彼氏目線、というか健常者側の目線を書きたい。

健常者がメンヘラと交際することの難しさは端的にいって「支援者と恋人の両立」だと思う。

支援者として自分に要求されるものがある。そして、恋人として自分が必要とするものがある。メンヘラパートナーとの関係において、要求に応えつつ必要を満たす。このバランスは難しい。

具体的に。

上記事の彼氏の場合、彼ははじめ「自分に頼ってほしい」と言った。支援者になろうとしたということだ。でも、付き合っていくうちに不満がたまった。恋人としての自分の必要を満たせなかった。

彼氏は支援者になろうとする気負いが大きかったようだ。「2人で乗り越えていこう」「幸せにする」「僕に頼っていい」。彼女の役に立ちたい一心だったのだと思う。(こういう言葉を言ってしまう彼氏にとても危うさを感じるが)

でも、この関係は恋愛だ。恋人としての必要を満たせなければ、不満がたまる。誰も自分に嘘はつけない。彼氏は付き合う中でこんなことを感じたのではないか。「僕だって理解されたい」「僕だって仕事を休まずにストレスを抱えて頑張っているのに」「僕は愛されることを求めてはいけないのか」。心の中でどんな不満の言葉が浮かんできたのかはわからないが、不満があっても言い出せなかったのだろう。

彼氏はおそらく不器用だった。少しずつたまっていく不満に対して、上手に小出しにして彼女に打ち明けたり、深刻なムードにならずに自分の弱さを彼女にさらけだしたりは、まだ彼氏にはできなかった。不満は蓄積する。そしてダムが決壊するように、いきなり別れ話になる。

おそらくそういう感じだろう。

さて。

彼氏に足りなかったのは何か。

ひとつには、病気に関する知識が足りなかったと思う。鬱の彼女が仕事を遅刻欠勤するのがゆるせなかった。この「ゆるせない」は自分の常識のものさしに当てはめた場合だ。常識のものさしを当てて「良くない」と判断したら、その彼女を受け入れるには「ゆるす」という努力が必要になる。しかし「ゆるす」心的コストは高い。

彼氏が優しい言葉を彼女にかけるだけでなく、鬱に関する書籍を何冊か読んでいたらどうか。常識のものさしとは違う、もうひとつのものさしが手に入ったかもしれない。そうすれば、常識のものさしを無理に合わせて苦労することなく、鬱のものさしで考えることができた。ゆるす/ゆるさないの問題ではなくなる。そしたらもっと楽だったろう。

メンヘラとの交際に限らないが、知識は馬鹿にならない。「俺なら彼女を救ってやれる」などと救世主症候群になる前に、黙々とメンヘラの知識を積むほうが誠実だと個人的には思う。彼氏を責めるつもりはないが。